さて、元気になったかーくん。
栄養満点のごはんを食べてすくすくと育っていました。
保護してから2週間、翼も尾羽も一気に伸び始めて高い所から低い所へ滑空することもできるようになっていました。
脚力もついてきたのでジャンプしながら高い所まで上がっていくこともできます。
もちろん呼ぶと来ます。
歩いて。
クチバシでつまんで食べることもできるようになって、「あ〜ん」が少なくなってきました。ちょっと寂しいですね。
一方、鉄塔家族の巣も空になって、親子4羽で飛んでいる姿をよく見かけるようになりました。
無事に兄弟たちも巣立ったようです。
まだ親から餌をもらっていますが、野生の方が食べるものが少ないのでお腹をすかせているんでしょうね。
飛翔力はかなりついていて、うちの上空にも飛んで来たりしていました。
かーくんは相変わらずお外はあまり好きではないようで、梅雨時なのもあり、室内でわたしにまとわりついて過ごすことが多く、ちょっと甘やかしちゃったかなあと思い始めていました。
好奇心も旺盛で、目をキラキラさせてイタズラするようになりました。
仕草が可愛いのなんの。
「飼っちゃえば?」
と言う意見もあちこちから聞こえてきます。
悪魔のささやきですね。
そうできたら楽しいだろうなぁ…
いや。
楽しいだけでは済むまい。
健康なカラス、それも気性の荒いハシブトガラスが大人になって家の中で過ごすと一体どんなことが起こるのか。
行動範囲も運動量も大きい動物を閉じ込めて飼うのは無体な話です。
放し飼いにするのはアリかもしれませんが、近隣の家に迷惑をかけるし、他のカラスを引き連れて来たりしたら…。
もっともっと田舎で近所に家がないところに住まないと。
ハッキリ言ってカラスは3Kです。
黒い
汚い
臭い
今ならハッキリと分かります。
デカイの2羽いますから。
そのうち1羽は狭いところで7年も飼いならされてから引き取ったとは言え、立派な大人なので2年で縁側がズタボロになりました。
いたずらがハンパない。
声がデカい。(雄鶏には負けるけど…)
散らかす。散らかす。散らかす。いろいろぶちまける。
今思うと、かーくんはとてもおっとりしていて、強く噛んだり突いたりしなかったし、優しく髪を梳いてくれたり、ずいぶんと穏やかな子でした。
それから1週間くらい経って、かーくんを庭に出して日向ぼっこさせていたある朝。
そろそろ家に入れるかなと思って呼びに出たところ、どこにもいません。
ドキン。
あれ?
庭中あちこち探したけれどどこにも見当たりません。
以前、裏の梨園に飛び込んでしまったことがあったのでそっちも探したけどいません。
ドキン。ドキン。
出がけの夫も一緒になって近所を探しまわったけれど、いません。
ドキン。ドキン。ドキン。
まさか、大きい道路まで飛んで行って車にはねられたのでは…
猫に襲われたのでは…
誰かに追われたのでは…
いや、飛び立った羽音すらしなかった。
鳴き声も聞こえなかった。
そこら中を探しまわったけれど夕方になっても戻らず、見つかりませんでした。
どこに行ってしまったんだろう。
黙って消えてしまった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
誰かに連れ去られたのか。
横田めぐみさんのお母さんはこんな気持ちで何十年も過ごしたのか。(一緒にするな)
そうして、その時になって初めて気づきました。
今朝はかーくんの親が来ていない
そうなんです。
かーくんが事故に遭ったとばかり思っていたのでうっかりしていましたが、もしもかーくんが危ない目にあっていたら、あの親が黙っているわけがないんです。
あああ。
そうだったのか。
毎日、毎日、庭に来ていたのは、様子を見守るだけではなかったのだ。
連れ戻す日を待っていたのだ。
なんという執念。
なんという愛情。
全身から力が抜けていくとともに、2度とかーくんと会えないのだと知りました。
もしかすると戻って来てくれるかも…
いや、あの親たちは2度うちに近寄らないだろう。
だって、彼らから見たら誘拐犯はわたしなんだもの。
そうして、かーくんが黙って去ってから3日目。
あの鉄塔のすぐ近くで、鉄塔家族が5羽でくつろいでいる姿を見ました。
あんなに懐いていたのに。
あんなにお外はイヤだと言っていたのに。
それでも家族と一緒なら。
みんな一緒なら。
何にも怖くはないんだね。
幸せなんだね。
これで良かったんだ。
たくさんのラッキーが必要だと思ったけれど、全てが完璧に揃って、かーくんはしかるべき所へと帰って行ったのです。
可愛くて、可愛くて、閉じ込めてしまいたい衝動に駆られるほどの愛は、
わたしのエゴからくる愛だったのでしょうか。
所詮、親の愛には勝てなかったのでしょうか。
カラスの親の愛がただの執着ではない証拠に、あの年の冬前、鉄塔家族の子供達は親離れをして縄張りから離れていきました。
カラスの若鳥は群れを作り、社会生活を覚えたり、結婚相手を見つけるためにそこで数年過ごします。
きっとかーくんもそこでたくさんのことを学ぶのでしょう。
人間と暮らした時の話を得意げに仲間に話たりするのかしら?
「肉団子って知ってる?ちょーうまいんだよ。また食べたいなー。」とか。
その頃親たちはまたカップルに戻り、仲良く2羽で連れ立っていました。
協力して子供を育て、守り抜いた両親。
あれだけの執念でかーくんを連れ戻しても、時期が来たらちゃんと手放すのが親の愛。
かないませんな〜。
ははっ。
***
後日談。
これは自分では覚えていないのですが、夫の話では
「かーくんのことは必要な経験だったのよ。この次に来るカラスのためにね。今度はもっと難しい子なのよ。」と、わたしが予言したそうです。
そして、その年の9月。
巡り巡って、両足に障害のあるハシブトガラスのニコちゃんを引き取ることになりました。
もちろん、なんの不安もなく。当然のことのように。