気づき

光の中の光

ここ数日、遅いお正月休みでまったりとディズニームービーを観ていました。
特に響いたのが、ムーラン(実写版)ソウルフルワールド。

どちらも内容的には関連性がないのですが、最近考えていたこととリンクしていたのでドスンときました。

ムーランは、男性のふりをして戦う少女が魔女率いる悪の軍団から国を守るお話。
エンディング曲のReflectionも素敵。

ソウルフルワールドは、死んでしまったジャズ好きの先生がこの世に生まれたくない魂と出会って、生きるための本当の目的を見つけようと奮闘するお話。

どちらも、シータヒーリングを習っている人なら存在の層を行ったり来たりしてる!とワクワクしたり、遺伝的レベルっちゃすごいなとトリガーされたりするようなシーンがたくさん出てきます。(これだけでも観てて楽しい)

この内容で何が響いたのか、うまく言えないのですが…

 

このところ、自分の中の創造主の一部であるわたしがいろんなことに反応しているような感じなのです。

今まで気づいてもらえなかった側面が、ようやく解放されてはしゃいでいるような。

そして、事あるごとに言うのです。

わたしは光の中の光なと。

これが自分自身の本質で、いろんな欠点があっても、未熟でも、もうすでに十分に輝いていて、何も残念がる必要などないのと。

ムーランは老いた父の代わりに女であることを隠して軍に入隊します。立派な剣士なのに、本当のことが言えない。真実の美徳を得られないのです。
水面に映る偽りの自分を見て悲しくなります。
そして自分を偽ること、本当の自分を隠すことが、能力を発揮するのを邪魔するのです。

ふと思いました。
わたしも、一体何十年こんなことを続けてきただだろう。

いつもどこかで自身がなくて、自分を疑っていた頃。

本当の自分を見たらがっかりするから、世間から見たカッコイイ自分を装ってあちこち取り繕う生活。偽っているうちにいつか本当にそうなったらいいと思っていました。

 

「創造主」というのはシータヒーリングでは全てなるものの光で、この世も含めた宇宙のあらゆるものの源の純粋な愛のエネルギーです。

世間では、いわゆるワンネスとか全体の一部であることに気づいたのことを目覚めた人と言いうようですが、創造主の一部であるという気づきも同じ意味合いです。

ですが、それは別に選ばれた人だけがなれるということではなく、本当は誰もが知っていて忘れているだけなのです。

まばゆい光の中にいると、自分が輝いていることには気づけない。

だから、地上で体験しようとするのです。

ただ、肉体におさまると自分で自分の姿を見ることができないから、他者を鏡にして映し出された自分を見るのです。

地上は2元性で縛られているので、自分の美しさを知ろうとすると醜い部分までクローズアップされてしまうのです。

そうして、いつの間にかきらめきの一部であることなんか忘れていってしまうのです。

ソウルフルワールドに出てくる生まれる前の魂22番は、地上の醜悪さにうんざりしているので、生まれる理由なんかないと言います。

そして、自分のきらめきを見つけられないことにどんどん落ち込んでいきます。

わたし自身も昔は自分は何の為に生まれたんだろうとか、魂の目的もわからず生きてるのは無意味だと思っていました。

今は今で、壮大な魂の目的に恐れをなして無力感に潰れそうになります。

そんな時、創造主の一部であるわたしはすぐに本来の輝きを思い出します。

まばゆい光の中できらめく本質。

それは、使命を果たしている時ではなく、ただ、日々の一瞬一瞬に喜びを見出している時、内側から溢れ出してきます。

シータヒーリングを通して魂の目的を遂行しているのだけれど、それだけが生きている理由ではないのです。

確かにミッションは大切です。
が、決して忘れてはいけないのは、小さな瞬間に詰め込まれたきらめきです。

平凡な日常からは何も学べないと思っていると、人はドラマを作り出します。
そしてカオスに巻き込まれ自分を見失います。

幸せは、空気のようにいつでもそこにある。

そんなことを忘れてしまっているのです。

(たとえこの世界が幻想であったとしても)こうして存在することがまず奇跡なのです。

体の細胞たちの、さらに細かい分子たちが奇跡のダンスを踊って、命を紡いでいます。

そしてわたしたちの地球も一つの命として、奇跡のダンスを踊っています。

 

何の取り柄もなく、人生の目的も見つけられなくても、私たちはもともと創造のエネルギーの一部で、創造主の光の中のきらめきなのです。

自分の本質を思い出すこと。
人生の中の一瞬一瞬のきらめきを愛すること。

ただもう、これだけで全てオッケーなのです。

 

自分の価値を探そうとしなくても、もうすでに無条件で愛されていると気づくのに、一体どれだけの人たちが悩んで遠回りをしていることでしょう。

 

そしてまた、このことを伝えるのに一生懸命な人たちもいます。

映画を作ったり、作曲したり、

シータヒーリング教えたり…(笑)

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