気づき

エゴも愛しい

先の練習会で、師匠がギャリー(アクセスコンシャスネスの創始者)の言葉について気づいたことをシェアしてくれました。

ギャリー曰く
「自分を作ってる意識の99.99%は他人の集合意識で、自分の意識なんて0.01%しかないんだから、どんだけ手放したってなくならない。だから安心してどんどん手放していきなさい。」

ほほう。と感心していたら、師匠が
「でもね、じゃあその残りの0.01%の自分の意識って何?って気になって気になって、創造主に聞いてみたの。」
え?
そんなこと気にもならなかったけど…。

「なんだったんですか?」
創造主としての自分。すごいでしょ?鳥肌立っちゃった。」
「おお…。」
わかるような、わからないような…
練習中のみんなも曖昧な顔でふわふわとうなずいてる。
餃子の具に隠し味でお味噌をひとさじ入れたのよって言われたくらい微妙なわかり具合。
自分の理解度が師匠に追いついてないってことだけがはっきりとわかりますわ。

で、これが気になって仕方なくて、その後の数日間ずーーーーっと考え続けていました。
自分で考える前に創造主に聞けばいいのに、すぐ私のエゴがでしゃばってきて「あたちが考える〜」って言い張るものだから遠回りさせられます。

2日後。掃除機をかけながらまたその言葉を思い出していた時、
「創造主としての自分がなんだかよくわからないのは、結局そこにたどり着くまでにはクリアリングが必要ってことよね?でもこーんなに肥大したエゴの中で本質の自分をみつけるなんて、んなものどーすりゃいいのよ!?」とうんざりして心の中で喚いていました。

すると。
「なんでそんなにエゴを嫌うの?そのエゴもわたしにとっては愛しいお前だよ。」
というメッセージ(言語ではないのですが)と共に「無条件の愛」そのもののエネルギーがどどーんと降り注がれました。

あまりの愛の深さに膝から崩れ落ちて号泣。
掃除機片手に。

エゴも私を彩るただの個性だそうです。
お前のエゴを通してみる世界は本当に楽しくて興味深い、そうです。
誰もが違うエゴを作っていて、それぞれがそのエゴフィルターを通して世界を違う色で見ている。
だから、良いとか悪いとかはそもそも存在しないし、ただ、そうであるだけ。
生きていこうとする道の邪魔になるなら手放せばいい。
もう必要がないなら手放せばいい。
重いなら手放せばいい。
ただ、それだけ。

自分のエゴだって自分の一部として認めていい。
自分を否定するものがまた一つ減りました。
私は愛すべき存在です。

創造主は時々ビックリするほどの愛を示してくれます。
それはそれは純粋な愛のエネルギーです。
創造主と共に生きている、独りじゃないと、思い出させてくれます。
でも、TPOは無視です。

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